発端

第8回 ペン習字を学ぶと決めた。しかし、具体的にどうすればよいのかがわからないので、とりあえずネットで検索する。いきなり解答を与えてくれるサイトに出会うことができた。

たいていの疑問を解決してくれるよな、インターネットは。コンピューターへの依存度を高めるだけ高めといてから電力を取り上げて無力化する作戦だだろう、メフィラス星人よ。 おれの疑問を瞬時に解決してくれたのがここ。 『ペン字いんすとーる』 サブタイト…

第7回 伊東屋でお願いしたモンブランとウォーターマンの修理は、長ければ1ヵ月ほどかかるという。待つ間にもおれの万年筆熱が上がり続けていたので、手ごろな価格のものを1本買ってみることにした。

地元の文具店では万年筆が売られていなかった。これは意外だった。その店は、30年ほど昔には「東京で2番目に大きい文具店」を売り文句にしていたくらいだからそれなりの規模ではあるのだが、いまでは万年筆をほとんど置いていない。数本の在庫があるにはあ…

第6回 今年の2月。病室のベッドで半醒半眠の日々を過ごすなかで、しばしば父のことが思い出された。

父が亡くなってから24年になる。いま思えば、父はおれが好きなタイプの大人だった。陽気で温和、ろくに小学校も出ていないはずなのに物知りな人だった。おれが知っているのはこれだけで、あとは父の死後に祖母から聞いた話だ。その祖母も去年亡くなった。 腕…

第5回 2本の万年筆を修理に出すにあたって、ネットで万年筆についてあれこれ調べた。便利なもので、情報がどんどん入ってくる。

万年筆そのものを最初に製品化したのはウォーターマンだとか、モンブランはいまではリシュモンの傘下にあって品質の低下が指摘されているとか。ほんの数日まえまで万年筆に関してはまったくの門外漢だったおれが、短時間でにわか万年筆通になっていた。半可…

第4回 さまざまなペンを使ってさまざまな色でノーブルノートに試し書きをした。締りのない字で、1色につき1行だけの試し書き。それでも楽しかった。

「書き心地」。そんなものがあること自体をすっかり忘れていた。 ロットリングのボディーに刻んでもらった自分の名前―本名ではないが―を見て、いいもんだなと思った。たったの8文字の刻印があるだけで、大量生産の工業品が手作りの一品物に化けた気になる。…

第3回 ノーブルノートを買ったオンラインショップで、ロットリングのペンを注文することにした。

名入れ代は600円〜800円(ペンの素材による)だが、税別で5000円以上の買い物をすれば無料になる。さらに、送料までショップ負担だ。 ペン自体の定価は5000円だが、その店ではちょと安くて3900円をすこし欠けるほどだった。この値引きぶんを他の買い物で埋め…

第2回 ここ2〜3年のあいだ、おれにとって筆記用具は単なる道具に過ぎなかった。

かすれずに書ければいい、それだけの存在。そもそも手で文字を書く機会あまりなかった。原稿を書くにはパソコンのほうが便利だし、趣味と実益を兼ねていた塾講師の仕事でも、パイロットのドクターグリップ4+1があれば十分に用が足りた。 もう1本、まだ文…

第1回 おれがペン習字を始める理由は、短く言えば「脳梗塞のリハビリ」だ。

わかりやすい理由だと思う。この理由にあとからつけ加えた理屈もあるが、それらはすべて蛇足と感じる。でも、あれこれ書いておこう。こうして書くのもリハビリだから。 ひとくちに脳梗塞といっても症状には重度軽度いろいろある。重ければ発症直後に命を落と…