ペン習字にも万年筆にも無関係なテレビの話。でも書きたかったんだ。許せ。







 決勝戦で競う8組が紹介された時点から「ちがう匂い」を放っていたスリムクラブ。その匂いは「終わらせる力」に思えてならない。


 お笑いの流行を追いかけることに興味のないおれがスリムクラブを初めて見た『エンタの神様』だった。そう、フランチェンネタだ。真栄田がフランケンシュタインの扮装をし、内間はナレーションだけ。笑うようなネタではなかったが、存在感だけが光っていた。はやくも登場2周目で、フランチェンが一回転するアクションに、客席から手拍子が入った。まちがいなくスタッフの指導による手拍子だ。この瞬間に『エンタの神様』が終わったとおれは見ている。
 「自分たちがいちばん笑いを理解している。だから芸人のネタに手を加えるし、キャラすらも塗り替える。自分たちスタッフが扱いやすいように客も選ぶ」。そんな宣言が聞こえた気がした。なんだ、神様ってのはスタッフの一人称だったのか。おれにとってこの番組の終わりは、スリムクラブによって告げられた。
 当のスリムクラブは、スタッフの計算も、無邪気に手拍子する従順な客もおかまいなしで、楽しそうにフランチェンを演じていた。太いな、この人たちは。そんな印象だけが残った。


 さて、最後のM-1だ。
 今回の主役はまちがいなくスリムクラブだった。登場しなかった第1回を含め、放送間隔の長い帯番組としてのM-1の主役はまちがいなく笑い飯なのだが、最終回でスリムクラブがすべてをさらった。そしてスリムクラブM-1を終わらせた。


 スリムクラブは、この10年のM-1のなかでも「異色度」が突出していた。これまでにキワモノ扱いされてきた千鳥やポイズンガールバンドジャルジャルが「異色マンザイ」という一ジャンルのなかに安住しているように見えてしまうほど、今日のスリムクラブは異色さは際立っていた。


 おれはテレビ画面の左下にポストイットを貼って審査員の表情が見えないようにしていたので、7人の審査員がどんな反応を見せたのかは知らない。
 しかし観客の反応からだけでも、スリムクラブが異質な波を起こしたのは明らかだった。笑い声の半分が、どよもしなのだ。人は、理解を超える凄味に触れたとき、笑うかわりにざわめくのである。無意識に息を吐くだけで、声帯を動かすことすら忘れてしまうのだ。今日のスリムクラブの最初のネタに対する客席の反応は、まさにそれであった。


 今回のM-1で興味深かったのは、最終決戦に勝ち進んだ3組が3組とも、1席目と同じネタをかけ点だ。
 去年までは、裏で規則があるんじゃないかと思えるほどに、どのコンビも1席目と2席目のネタの色合いを変えていた。ところが今回にかぎり、どのコンビも1席目と同じ色合い、同じ構成のネタを最終決戦に持ち込んだ。芸の幅を問うのではなく、今日の時点でいちばんおもしろいと信じる武器を「おれたちはこれだ!」と両手でぐいと押しつけてみせたように感じた。
 最終決戦のネタがただの反復にしか見えなかったパンクブーブーに一票も投じられなかったのには、腐ってもM-1審査員と思った。


 マンザイというジャンルに対する明確なイメージができていて、それを疑うことなく、ジャンルのなかで点数を稼ぐことに力を注ぐパンクブーブー。マンザイの枠をはみだす運動を続けているうちに、それがまたひとつのマンザイの型になってしまうという矛盾と向き合い続ける笑い飯。ジャンルなんてはなから感じていないかのように見えるスリムクラブ。マンザイに対するスタンスがはっきりと色分けされている3組が、それぞれの信じる型にすがり、ぶつけてきた。この意味で、じつに見応えのある最終回だった。


 「今日いちばんおもしろい奴を決める」というお題目に従うなら、優勝はスリムクラブであるべきだった。
 しかし、連続ドラマの主役への功労賞のぶんだけ、票は笑い飯に寄った。この結果について、浪花節的であると批判する気はまったくない。おれだって笑い飯に優勝してほしかったのだから。そもそも、明らかに制限時間をオーバーしたネタに対して主催者が満点を与えた去年の時点で、厳正な審査などないということは明らかになっている。それ以前に、笑いに点をつけることじたいが無理な試みであることを、審査員たちは熟知している。


 今日いちばんおもしろかったのは、まちがいなくスリムクラブだ。そのことを日本でもっとも強く感じているのは、おそらく笑い飯のふたりだろう。
 笑い飯は、9大会連続で負け続けてきたように言われるが、じつはいちども負けていないと思う。9年にわたって期待の糸車が回り続けたことを思えば、笑い飯はつねに勝者だった。
 ところが念願と言われるタイトルを手にした今回、笑い飯は初めて負けた。人生ってのは、よくできてる。


 来年、スリムクラブへの仕事のオファーは爆発的に増えるだろう。
 しかし、おれは他の芸人に混ざって賑やかしの雑音の一部になるスリムクラブを見たくない。転がし上手の仕切り屋のおもちゃにもなってほしくない。また、あのふたりはマスコミへの露出が増えることで光を増すタイプとも思えない。


 あえて言うなら、バラエティーよりは芝居に出るふたりが見たい。
 さらに勝手で無責任なことを言えば、ふたりには今日かぎりで消えてほしいとすら思う。「あの日、おれを大笑いさせてくれたスリムクラブって、ほんとは夢だったんじゃないか」。
 M-1の最終回。そんな幻の夜。