第42回 字のうまさを数字で表すことには無理がある。その無理を承知であれこれ考えてみた。


 パイロットのペン習字通信講座の受講を決めたとき、つまり7ヵ月まえのおれはこんなふうに考えていた。
 「ペン習字を学ぶことで、毎月1割くらい上達できれば御の字だ」と。
 当時のおれが、深く考えることなく、なんとなく感じたことだ。でも、甘いね。大甘だぞ、4月のおれ。毎月1割なんて、いま思えばとんでもない高望みであった。


 スタート時点の字のうまさ(へたさ)を1.00とした場合、毎月1割ずつ上達すると、1年後には……という計算結果を表にしてみよう。









 なんと、1年後には3倍以上も字がうまくなることになる。
 こりゃいくらなんでも欲張り過ぎていた。と思うと同時に、字のうまさを数字で量ることの無理も感じた。


 身長や体重であれば、数字を基準に「奴は俺の1.5倍でかい」ということはできる。陸上競技の記録であれば、数字は信頼すべき指標となる。ホームランを40本打つバッターを「20本の選手の倍打つ」と言ったとしても嘘にはならない。


 しかし字のうまさを数字で表そうとすると、どうもしっくりこない。
「あの人はおれより3倍は字がうまい」と言えば、なんとなくの雰囲気は伝わるだろうが、「じゃあ3倍ってどのくらい?」と聞かれて答えられる人はいないだろう。
 文字と数字の相性がいまいちなのは、字のうまさを物理的に計測することが難しいからだ。
 たとえば、手本となる字と自分の字をサイズを合わせて重ね、その差の面積を計算し、数値が小さければ字がうまいことになるかといえば、答えはノーだろう。字で大事なのはバランスであり、手本との物理的な面積差だけでは判断できないのだ。


 そもそも手本の字のなにをもって"うまい"とするのか? すでにこの時点で、数字が入り込む余地はそうとう狭い。
 「うまく見える字は横線が6度の右上がり」とか、「漢字とひらがなとカタカナの大きさは10:8:7」といった、数字を用いたコツならいくつかある。しかしそれはあくまで「統計的なコツ」を数字で表しただけで、文字そのものを数字で評価することは、じつに難しい。

 たとえばパイロットの講座では、月々の添削課題が100点満点で採点される。パイロットは点数について「絶対評価である」こと以外の詳細を明らかにしていないが、そもそも詳細などあってないようなものだろうな、とおれは見ている。
 ではこの点数を信用していないかといえば、そんなこともない。70点よりは80点、80点よりは85点のほうがいいに決まってる。でも採点する講師だって人間だから、82点と83点の差は感覚でしかないだろうし、見る人によって順位が逆になることだってあるだろうと思っている。
 講師の経験と目を愚直に信じ、「前月より1点でもよい点のつく字が書けますように」と願いながら練習すればよい。ただそれだけのものだと思っている。


 つまり、文字の評価に数字を用いることじたいには、たいした意味はないのだ。と、いったんは承知しながら、あとにつく単位が点であれ円であれ、長年にわたって数字で評価されることに慣れてしまった身としては、どうしても数字にすがりたくなる気持ちが残る。そして数字を使った説明に安心感や信頼感をおぼえてしまうのも事実なのだ。


 そんなことを考えながら日々の練習を続けているなかで、twitterでこんな言葉に出会った。



「人は、一日0.2%ずつ毎日成長していけば
1年後には約2倍に成長している計算となる。
毎日5%成長していけと言われれば無理を
感じても、0.2%でいいと言われれば
なんだか出来る気がしてこないだろうか
もし、毎日1%成長し続けた場合は
その5倍も、だ」


 0.2%といえば1000分の2である。約分すれば500分の1だ。1日という時間が1年のなかで占める長さよりも小さな数字。10分間における1秒の重みとたいして変わらない。
 そんなちっぽけな数字だから、昨日よりも0.2%成長できたところで、どこが成長できたのかを自覚するのは難しいだろう。
 それでも倦むことなく0.2%を積み重ねてゆくなら、1年後には2倍になるなんてすごいじゃないか。好きな落語家の言葉に「努力とは馬鹿に与えた夢である」ってのがあるが、この夢、捨てたものでもないぞ。
 ひょっとして計算が間違っているのかと勘繰り、自分でも試してみた。ついでに、1日0.1%ずつ成長した場合についても計算した。結果はこうだ。














 本当だった。
 様々な諺を持ち出すまでもなく、ほんのすこしの歩みを重ねれば遠くに届く。おれのような自分の成長に不安を感じる者にとって、これはうれしい。数字のトリック、いやレトリックだったとしても、うれしい。
 同時に、大きな戒めも孕んでいる。「積み重ねることをやめれば結果は変わらん」ってことだ。

 おれはペン習字に関する本をすこしずつ買い揃えているが、どの本にもかならず書いてあることがある。表現は違っても、こんなことだ。
 「週に一度、10日に一度まとめて練習するのではなく、たとえ10分でも5分でも、毎日練習を続けてください」。

 この言葉が書かれている意味がようやくわかった気がする。毎日続けること。それだけが、昨日の0.1%を明日につなぐ唯一の方法なんだ。言いかたを変えれば、「継続のみが今日の積を明日の被乗数とする」ってとこか。かっこいー。


 さ、練習しよっと。