第26回 川窪万年筆店からのお知らせをtiwtterで目にしたのが5月31日の午前10時ごろ。千載一遇! と感じたおれは、2時間後に代金の送金手続きを終えていた。
昭和万年筆・フォルカン仕様、10500円也。
だいぶ時代のついた万年筆だから、価値を感じない人には高いだろう。しかしおれにとっては「川窪万年筆」と「フォルカン」の2役がついた逸品である。
今回の販売本数は4本だったが、おれがオーダーフォームに記入した1時間後には売り切れてしまったようだ。悩まずに購入を決めてよかった。
もし買いそこなっていたら、ことあるごとに後悔の念に包まれることになっていただろう。
昭和の万年筆の実物が手元に届くまで、待つ時間が楽しかった。
子供のころから行事が好きではかったから、よく言われる「遠足前日の浮き立つような気持ち」がどんなものなのかをおれは知らない。でも、おそらくこういう気持ちなんだろう。
「川窪さんの万年筆、まだかなまだかな」と、子供のように到着を待っていた。
昭和の万年筆がやってくるまえに、川窪万年筆のサイトで商品情報を読み直してみた。
気になったのがつぎの一文である。
そしてインク止め式万年筆の特徴である余裕のインク貯蔵量で、長時間存分に筆記する事が可能です。
インク止め式って、なんだ?
ネットで検索すると、あっさりと答えが見つかった。
滋賀県にあるスミ利文具店のホームページにコラム パイロット社製インキ止め式万年筆の操作方法という記事があった。
インク止め式は、川窪万年筆のオリジナル製品以外ではパイロットの製品の一部に使われているくらいの、いまでは珍しくなったインク注入法らしい。
カートリッジ式やコンバーター式との最大の違いは、スポイトを使うことだ。ペン先のすこし上の部分がネジ式になっていて、主軸から外せる構造になっている。スポイトを使ってこの部分からインクを注入し、ふたたびペン先をねじ込む。
これがふつうの筆記具であれば「めんどくせえ」と思うところだろうが、万年筆となれば話は別だ。少々の手間なら喜びに転化する。それが万年筆だと思う。。
昭和の万年筆を購入することがなければ、おれは生涯インク止めのことを知らずに過ごしていたかもしれない。こう考えると、喜びがいっそう大きくなる。
フォルカンについてもすこし予習した。
おなじスミ利文具のホームページにパイロット社の変り種ペン先、超ソフト調・毛筆の筆跡とは?と副題のついた記事があって、さまざまなことを知ることができた。スミ利さん(もう「さん」付け)、万年筆が好きなんだなあ。
所在地が滋賀なのでおじゃまするのは難しそうだが、せめてリンクだけでも貼らせていただこう。お世話になりました。
即席ながら予習は済んだ。
万年筆が届いたのは6月3日、早朝の便だった。
もっとコンパクトな荷物だと予想していたのだが、受け取ってみるとクロネコヤマトの紙袋。中身がわかっているから驚くことはなかったけど、受け取るとたいそう軽い。知らなきゃ空だと思っても不思議じゃない。この袋の底に万年筆が横たわっているのだ。ああ、万年筆って軽いんだ。
いそいそと開封すると細長い物体が。プチプチに包まれた厚紙のケース。
ケースには箱と同系色のシールが貼られており、緑の文字で「手づくり HAND MADE」と書かれている。
万年筆とは別に、図解入りの取扱説明書が同封されていて、この紙が保証書にもなっている。
スポイトもしっかり同梱されていた。
おれはいまインク交換の集い(仮称)のために、100円ショップで使い捨てのスポイトを取り寄せてもらっている最中なので、この時点でガラス製スポイトを入手できたのはラッキーだ。
ご対面。
金属部分が黄色っぽく見えるのは我が家の壁が映り込んでいるため。黄色の壁の家って……。実際の万年筆の金属部分はすべて銀色。
へたくそな写真ばかりで申し訳ないので、川窪万年筆店のサイトから拝借してきた写真を。
天冠と尾栓は銀色の円錐形。金色が剥げたわけではなく、壁の色である。
クリップの刻印は、おそらく「SPECIAL」。
首軸をまわすと主軸からはずれる。スポイトを使って矢印の部分からインクを入れる。
天冠から2センチほどの部分、尻ネジをまわすとピストンが現れる。
筆記に使わないときはこの尻ネジを締めておく。
筆記字は締める加減によってインクの流量を調節する。
フォルカンのペン先。両脇のくびれがイカす。
刻印はペン先のほうがORDER、軸側がIRIDIUM。
間にあるのは数字の「4」にも見えるし、ヨットの絵にも見える。
(刻印を見やすくするために写真の明度をかなり上げてある)
クリップの横に、ちゃっかり名を入れてもらった。
文字はNasobema。
黒字に筋彫りなので目立たないが、この渋さがいいじゃないか。
名まで彫ってくれて注文から中2日で到着した。しかも追加料金なし。
すげえぜ川窪万年筆店。
さて、肝心な書き味は……といきたいところだが、まだ説明できるほど書き込んでいないのだ。すまぬ。この万年筆、かなりのじゃじゃ馬で、おれはまだどんな筆圧で書けばよいのかがつかみきれていない。
すくなくともひとつだけ言えるのは、ペン先が紙に当たる感覚は、けっして「毛筆のよう」ではないことくらいだ。タッチはかなり硬い。
しかし筆圧のかけかたしだいで「毛筆のよう」な線を書けるのもまた事実。この万年筆に限って言うなら、「毛筆のよう」なのはペン先が紙に触れる感覚ではなく、力加減で線の強弱や太さをコントロールする力加減のようだ。
現時点では「払いに味が出せる」「毛筆のような点が打てる」ことだけはわかった。楽しい万年筆であることはまちがいない。あとはおれの慣れしだい。
もう千1000文字くらい書けばコツがつかめそうな気がしているので、今回のところは「ふ」だけで見逃してほしい。フォルカンの「ふ」なのか、不思議の「ふ」なのかは不明。