第27回 万年筆に凝りだすと、つぎはインクかノートに興味が向くというのが定説のようだ。


 おれの場合は万年筆に向かうまえの段階でペン習字というクッションをかませたが、それでもやはりインクに対する興味が出てきた。

 安いものでも3000円台、ボリュームゾーンが1万円から2万円台、値が張るとなれば10万円の大台を超えるものも珍しくない。それが万年筆の値段だ。集めようったってそうそう買えるものではないのである。
 しかしターゲットを万年筆そのものからインクに移せば、高くても数千円、安いものなら500円玉でお釣りがくる。50mlで50万円だなんていうバカげたインクもなかにはあるが、それは例外中の例外、縁起物のような存在である。
 出費を抑えつつ万年筆の世界を楽しむには、インクに焦点を合わせることは賢く正しい方法だと思う。


 たとえばtwitterで、自分と同じように万年筆を趣味とする人と知り合ったとしよう。ペン習字を続けている人でもいい。
 その人と「実際に会ってお話してみましょうか」となったとき、おれは自分の愛用の万年筆を持って行って、相手に見てもらおうとするだろう。そして、相手が使っている万年筆を見せてほしいとも願うだろう。
 それだけでも十分に楽しいと思う。しかし、もう1役加えてみてはどうか。……と考えたのが『インク交換の集い(仮称)』というアイデアである。
 趣味の合う人と直接会って、話をするついでに自分が持っているインクを少しだけおみやげ代わりに渡す。また、相手が持っているインクをちょこっとだけいただく。思いついた時点で「これ、けっこう楽しそうだ」と感じた。


 ではどうやってインクを交換しようか。具体的な準備について考えてみる。
 まずは容器だ。ネットで調べると、タミヤカラーの空き容器がいいらしい。インク好きの間ではすでに定番、なんて言い方をする人もいる。
 たしかにそうだろうな、と思う。多少なりとも揮発性のある塗料の容器なのだから、万年筆のインクを入れるにはぴったりだ。


 「いきなり正解が見つかったなあ」と思った。しかし実際にタミヤカラーを入手する算段を始めると、大きな問題が浮かびあがってきた。それは「空き容器とは空の容器のことだ」って点だ。つまり、ビンだけがほしいおれのような人間は、タミヤカラーを入手したあとに中身を廃棄する必要がある、ってことだ。
 これには困った。ネットオークションを見れば、タミヤカラーはけっこうな頻度で出品されていて、1本あたりに換算すれば数十円で買えることも多い。値段的にもインク交換用の容器に見合っているのだが、出品される容器にはかならず中身が入っている。
 落札してから中身を捨てるのも忍びない。いや、心情的な問題だけではなく、タミヤカラーは下水道に流してもよいものなのか? キッチンやトイレのパイプがいきなり詰まってモリスエを呼ぶことになるんじゃないか? などと考えた末、この魅力的な器を諦めた。


 twitterで智恵を求めたりしながらたどりついた結論は"小型のフタ付き試験管"だった。これなら中身が蒸発することもなさそうだし、少量のインクを持ち運ぶにも便利そうだ。なにより外からインクの色が見えるから、飾っておくにもよいではないか。
 ということで、ネットオークションに貼り着くことになった。と同時に、インクを入れた試験管をどのように陳列するかも考えはじめた。


 お友達と色水を交換し、それをガラス瓶に入れて大事そうに並べる。うふふ、なんてひとりで笑いながら飽きずに眺める。
 なんだかこれ、まだ10歳にもならない少女の趣味のようだ。
 四捨五入すれば50になるおれとしては、自分がいま夢中になって準備を進めていることの実態に失笑するしかない。しかし楽しいのだからしかたがない。
 好奇心は猫を殺すかもしれないが、脳梗塞のおっさんを若返らせることだってあるのだ。


 ネットオークションには予想よりも多様な試験管が出品されていた。
 しかし、おれが求める条件―密閉できるフタつきで小さめなもの―はあまり数がなかった。ためしに2種類を落札してみた。ひとつはガラス製で10ccほど入るもの、もうひとつはプラスチック製で5ccほどの容量のものだ。
 どちらも試験管1本あたりの価格は60円ほどだが、送料やら払込手数料を勘案すると、1本100円くらいの計算になる。保存容器としは少々高いが、趣味のアイテムと考えれば許容範囲内か。


 だれかとインクを交換するさいの適切な量についても考えてみた。
 おが出した結論は「3〜6mlの範囲、5mlで八方丸くおさまる」だ。
 自分の持ってない色のインクを試したいという"テスト目的"であれば1ml未満で十分だ。たとえば、美しい万年筆を作るイタリアのメーカー、アウロラについて考えてみる。アウロラの万年筆のなかにはリザーブタンク(予備タンク)を持つものがある。本体のインクが切れたときにリザーブタンクからインクを補給することで、A4用紙1〜2枚ぶんの字を書くことができるそうだ。このリザーブタンクの容量が0.06ml。
 この数字から考えれば、1mlもあれば試し書きにはお釣りがこようというものだ。


 しかし、試し書きで紙に映るインクの色を楽しむだけでなく、ビンに入ったインクそのものを並べて目の保養としたいと考えると、もうすこし多くの量のインクがほしいし、あげたい。と考えて出した結論が、3〜6mlである。
 1本のインクボトルが50ml入りであることを考えれば、その1割にあたる5mlといったあたりが納まりがよいなのでは、と思っている。


 最初に落札した試験管。大きさの比較のためにウォーターマン オペラといっしょに撮影してみた。オペラの全長はおよそ144ミリである。
 この試験管であれば、太めの軸を持つモンブランの146でも、ダイレクトにペン先をつっこんでインクの補充ができる。旅行などにスペア用のインクを持ちだすときにも重宝しそうなサイズである。







 別の種類の試験管も落札したので、並べて撮影してみた。
 右側が先ほどウォーターマンと比べたもので、ガラス製。ディスプレイ向きと言えよう。
 手前(左側)の小ぶりな試験管はプラスチック製だ。自分のインクを人にプレゼントするときに使えそうだ。残念ながらこちらの試験管だと、万年筆を直接突っ込んでインクを補充するという芸当は難しい。ただしガラス玉などを入れて水位を上げることで、ペン先だけなら突っ込むことができそうだ。
 外形は奥のものが約17ミリ、手前のものが13ミリ。








 試験管をディスプレイするために入手したのがこれ。
 1枚の金属板に穴を開け、Z型に折り曲げたものである。ネットショップで写真を見て一目惚れしてしまった。
 フォルムは完璧である。非の打ちどころがない。ところが残念なことに、穴がほんのすこしばかり小さかった。実寸で16ミリちょい。直径があと1ミリ広ければ、大きいほうの試験管が下まで届いたのに。
 そのうち、どこかの町工場に発注してオリジナルZホルダーを作ってもらおうと企んでいる。










 もし特注品の試験管ホルダーを作れたとしたら、このZ型のホルダーにはペン立てになってもらうつもりだ。なかなか納まりがよい。





 どんな試験管がいいか、試験管立てにはなにがいいか……そんなことばかりを考えて生活していると、あらゆるものが試験管立てに見えてくる。
 なかでも「これは使えそうだ」と思ったのが、伊藤園の『おーいお茶 ふっておいしいお抹茶』のフタである。ふつうのペットボトルのキャップではなく、なかに抹茶の粉を保持する構造のため、逆さに立てれば小さな試験管を支えられる。真横から見れば逆T字型、真上から見れば◎型、という知能テストに出題されそうな形。重みがないので万年筆を挿すと倒れちゃうけど。








 さらに、使い捨てスポイトと試験管に貼るためのシールも準備した。
 自分の持っているインクを人に分けるだけなら、昭和の万年筆の付属品であるガラス製のスポイトで十分だ。
 しかし喫茶店などで落ち合ってのインク交換会(仮称)とでもなれば、いちいちスポイトを洗浄するのは面倒だと予想できる。
 なので8本100円のスポイトを3袋買ってみた。使い終えたらすぐに洗えばインクは落とせるので、律儀に使い捨てにする必要はない。







 さいごに道具一式をしまう箱も100円ショップで物色した。
 プラスチック製の救急箱。本物の薬や絆創膏を収納するには少々こころもとない作りだが、試験管やスポイトをしまっておくには十分である。







 インク交換の集い(仮称)、これにて準備あい整った。
 あとは実施するだけ。
 メンバー募集中です。現在、おれを含めて絶賛2名。
 あ、それとかっこいい正式名称もあわせて募集中。