第33回 このブログを見るかぎり、おれは5本の万年筆を持ってることになっている。しかし実際にはすでに9本に増えている。こっそり追加した4本について記録しておこう。

 持っていることを明らかにしてある4本については、こちらに書いてある。

モンブラン146とウォーターマン・オペラ(写真なし)

パイロット・ボーテックス(146とオペラの写真も)

パイロットのペン字用万年筆、ペンジ

■川窪万年筆店 昭和万年筆・フォルカン
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 新しく増えた、いや、増やした1本目は帝国金ペン 王貞治 ホームラン万年筆だ。いきなり色物である。
 ネットオークションで落札したもので、入札したのはおれだけ、落札価格は即決の1000円だった。


 おまけとして王貞治の著書『回想』がついていた。
 1981年5月21日発行の第5版。初版も同じ月の10日発行だから、わずか10日で5版とはなかなか不思議である。最近では見ないけど、むかしは最初に書店に並ぶのが第2版なんてこともあったらしいし、世界の王が現役時代に書いた自伝なので、初版ぶんだけでは部数が足りなかったのかもしれない。
 こう考えると『回想』が主役で、万年筆がおまけと考えたほうが適切か。


 このホームラン万年筆が世に出たのは昭和54年というから、西暦だと1979年。31年も昔のことだ。さだまさしが『関白宣言』を歌い、はいだしょうこお姉さんが生まれた年である。
 旺文社の『中1時代』を年間予約したときの特典だったらしい。ちなみにライバルである『中1コース』も当時の年間予約特典は万年筆で、こちらはパイロット製だったらしい。


 オークションへの出品者は、この万年筆の箱を一度も開封していなかった。つまり新品同様の状態でおれの手元に届いた……わけがない。31年の月日はダテじゃないのだ。箱に入っていた2本の黒カートリッジからは水分が抜けて使いものにならなかった。


 万年筆本体はシャンパンゴールドの軸がなかなかきれいで、王貞治のサインもはっきりと残っている。もちろん印刷だけど。重量は外観から受ける印象よりずいぶん軽く、15グラムしかない。









 ペン先は鉄製で、全体に金メッキが施されており、メーカー名がTeikinと刻印されている。適合するカートリッジを探し出し、インクを入れて書いてみると書き味はかなり固い。カリカリ、ガリガリといった感触だ。すこし軸が傾くと、もうインクが出ない。元より"色物"として落札したので、期待外れの落胆はかったが。







 3年間の保証書を兼ねた説明書には、こんなことが書いてある。
「中学生になるとノートをとったり、メモしたり…万年筆がどうしても必要になります(以下略)」。"どうしても必要"とはよく言ったね、と思う。読むのは小学生だから、鵜呑みにしてしまうかもしれない。その"どうしても必要"な万年筆の書き味がこれでは、その子が万年筆そのものを敬遠するようになってしまってしまうかもな、と思った。









 おれの手先がいくらか器用なら、この万年筆をニブ修正の練習台にしたいところだ。しかし一撃でへし折ってしまう確信があるので、インクを抜き、陳列用として飾ることにする。「万年筆は書いてなんぼ」のポリシーに初めて反するって意味で、記念の1本となった。







 オークションの"本体"である『回想』は、なかなかおもしろい本だった。
 なにより好感が持てたのは「ゴーストライターなど使わずに、すべて王貞治本人が書いたにちがいない」と感じさせてくれたこと。なにを根拠に、と聞かれても「匂いだ」としか答えられらいが、王貞治の実直な人柄が伝わってくる内容なのだ。しかし本のなかでは「私はけっして巷間言われるようなまじめ一方の人間ではない」といったことが書かれていて、そのことにさらにまじめさを感じたりして、読み物としても楽しめた。


 うれしかったのは、表2とその対向ページ、表3とその対向ページの2ヵ所に王貞治が書いた原稿の写真が見開きいっぱいに載っていたことだ。けっして達筆ではないが、実直さを感じるには十分な筆跡だった。
 万年筆とペン習字に興味を持つようになってから、ひとさまの筆跡を見るのが楽しくてしかたないのである。







 2本目は100円ショップのダイソーで買ったもので、その名も万年筆 No.1である。なんと潔いネーミングか。黒カートリッジが1本付いている。


 消費税を入れても105円の安さに違わず、キャップはプラスチック製である。
 しかし主軸部分には樹脂加工が施されており、すべりにくくなっている。小技が効いている。重量はわずかに10グラムしかない。これは軽い。持ったときに手が浮いてしまうほど軽い。もちろんおれが持ってるすべて万年筆のなかでも最軽量だ。


 キャップ部分は、軸が透明なプラスチック。その先端にマット調の手触りを持つクリップが嵌め込んである。クリップ部に空いた穴は、デザインだと思えばそう見える。100円にしてはなかなか凝ってるなと思う。ひょっとすると、ボールペンなどの別種の筆記具に使われている部品の流用かもしれないが。


 胴軸も同じ材質で、しっとりした手触りがいい感じだ。
 首軸には滑り止めの用の溝が上下左右の4カ所に彫ってあるのだが、上下の溝と左右の溝は位置がずらしてあって、なかなか芸が細かいのである。
 尾冠などはもちろんないが、先端が丸みを帯びていることで"安っぽさ"からうまく逃れているように感じる。









 ペン先は鉄製で、なんの刻印もないのが潔い。
 どうせガリガリの書き味だろうと思って書いてみると、意外なことにこれがいいのだ。予想の3段階ほど上を行く感じ。じつに軽いタッチで、紙にひっかかることもない。「すらすら」と言ってもウソにはならない書き心地で、「新素材の超軽量万年筆です」と、目隠しをした相手に値段を当ててもらうクイズを出したら、3000円以上の答えが返ってくることが十分あり得そうだ。









 100円にしてはかなりよい。これがおれの感想。
 ただし、インクを入れてキャップをした状態で2週間ほどしまっておいたら、乾燥のために書けなくなっていた。でも、このへんも"ご愛嬌"で済ますこのとのできる値段である。


 インクの供給方式ははカートリッジのみ。ダイソーで4本100円のカートリッジが売られている。このカートリッジはかなり小ぶりで、長さが38ミリしかない。ペリカンのミニサイズやグラフフォン・ファーバーカステルと同じくらいの小ささである。


 じつはこの100円万年筆、筆記用のカートリッジをセットした状態でも主軸内部にけっこうなよとりがあるので、スペアのカートリッジを内蔵しておくことができる。わずか1グラムではあるが、重量が増すので筆記時の安定性が高まるかもしれない。振ると音がしちゃうけどね。


 ひとつ気になるのは、カートリッジの包装紙に「万年筆No.1 No.2兼用」と書かれてることだ。これはNo.1なので、ほかにNo.2も存在するってことか。気になる存在である。


(後編:ピカソとミュー は→こちら