第9回 パイロットペン習字通信講座を受講する。しかし、決めたからといってすぐに学習を始められるもんじゃないのだ、これが。

 まず、パイロットに資料を請求する必要がある。
 オフィシャルページの申し込みフォームに記入するのが第一歩だ。この手続きを踏まないと、受講料の払込票が送られてこない。12600円を振り込むことイコール受講申し込み なので、面倒でも資料を請求する必要がある(おれはパソコンを使って字を書くことですらめんどくさがってんだな)。
 通信講座の案内は郵送されてくる。電子メールじゃない。ペン習字を学ぶ過程では、なにかにつけて郵便局を利用することになりそうだ。そうか、ペン字と手紙はお友達なのか。


 面倒といえば、振込票には自分の住所氏名を記入する場所が5つもある。
 今回は字を書くことを学ぶのが目的だから「これが最初の練習だ」とばかりに丁寧に5ヵ所に住所氏名を書き込んだ。でも、ひと月まえのおれで、これがほかの目的だったならこの住所記入の時点で挫折してたね。字ぃ書くの、嫌ってたもんなあ。
 はたと気づく。どうやらペン習字は、おれが無意識に多用する"めんどくさい"を封じ込めるための道でもあるようだ。





 近年、ネットを利用する通信販売のスピードアップが著しい。アマゾンの本なんて、はやけりゃ申し込んだその日に届いたりする。
 でも、パイロットペン習字通信講座を、他のネット通販と同じように考えるとストレスが溜まりそうだ。
 まず、フォームで資料請求をしてからパンフレットと払込票が送られてくるまでに1週間近くかかった。つぎの段階、郵便局で受講料を振り込んでから教材が届くまでにも、昭和の通信販売を思い出すような時間がかかった。表にまとめるとこうなる。


4月7日 送金(=入会申し込み) 0日目
4月16日 会員証到着 10日目
4月17日 教材一式到着(※) 11日目
※(配達員のミスのため実際に届いたのは18日)


 添削課題などから見て、パイロットの講座は4月に始めると学びやすそうだ。来年の受講を考えている人なら、3月中に資料を請求しておくなどの方法で手続きにかかる日数の調整をするとよいと思う。


 教材一式が届くのを待っていると、封書で会員証と添削の採点表だけが届けられた。「教材といっしょに送ってくれればいいじゃん」と思ったが、落ち着いて考えれば、これはパイロットの細やかな配慮だ。会員証も採点表も、どちらも小さな紙片だが、通年で使う大事なものだ。教材と同梱するとまちがって捨ててしまう人もいるだろう。たとえばおれとか。事故を未然に防ぐためにひと手間かけてくれているのだと思う。
 「これからじっくり字を学ぶのだから、焦りは禁物ですよ」と諭されているような気がしないでもない。


 おれの忍耐力は未就学児童なみだから、受講料を振り込んでからは「今日届くか、いまくるか」と教材の到着を心待ちにしていた。
 先駆けて届いた会員証。これに同封されていた「ご入会手続き完了のお知らせ」に、教材の発送予定日が書いてあった。予定の日がずれることもあるだろうが、おれは「この日に来るだろう」と読んだ日に、朝から買い物にも出ずに、教材が届くのをひたすら待ち続けた。でも、昼になっても3時になっても7時になっても、チャイムが鳴らない。


 しょぼんな気持ちで買い物に出ると、郵便受けに不在通知票が入っているのを見つけた。差出人として書いてある会社名はパイロットではなかったが、おそらくペン習字の教材のことだろう。
 「ずっと待ってたのに不在通知ってどういうことだよ」と思いながら、郵便局に電話する。ところがつながらないんだ、これがまた。テープの「そのままお待ち下さい」を10分ほど聞いたところでようやく男性局員が出た。
 翌日のできるだけはやい時間に荷物を届けてほしいということ、今日はずっと荷物を待っていたので留守の時間がなかったこと、もしかすると配達員が部屋を間違えていたかもしれないので、部屋番号に気をつけて配達してほしいということ。この3点を伝えて電話を切ったら、どっと疲れた。


 不安な気持ちもあった。というのも、この1月以来の自分が「信用してはいけない奴」になっているからだ。
 目の前にあるとわかっている物が見えないという恐怖を、日に何度も経験している。さっきまで使っていた物をどこに置いたのかがわからなくなり、部屋じゅうを探しまわったあげく、じつはずっと目の前にあったとか。
 視覚認知の異常については自覚しているので、「気をつける」ことでなんとか対処しているが、ひょっとするとおれは聴覚にも異常があるんじゃないか。チャイムの音を聞きのがしてしまうほどの症状だとすれば、これは一大事である。


 その翌日、つまり今日も朝から教材を待っていた。午前10時すぎにチャイムが鳴った。。「これだけはっきりした音を聞き逃したとは考えにくいよなあ」と思いながらドアを開けると、配達員がいきなり頭を下げて「昨日は部屋をまちがっちゃいました。すいません」。
 先に謝られちゃあしょうがねえ。ここで嵩に懸かって叱りつけるような趣味はないし、頭を下げる配達員の姿からは「この人はミスをする人だ。この人に対して腹を立てても、怒ったほうが悪人になっちゃうような人だ。むしろ今日ちゃんと届けられたことを称えるべき人だ」という説得力があった。おそらく昨日おれからの電話を受けた局員を経由して「届けるときにいきなり謝れ」と入れ智恵されてきたのだと思う。謝りかたに勢いがあったもの。挨拶だけでなく、謝るのも先手必勝なんだな。
 とにかく、自分の脳が犯人でなくてよかった。安心のためか、「気をつけてくださいね」と小さく刺す気力もなくなって、「ご苦労さま」と荷物を受け取った。ペン習字は忍耐の鍛練になる。とばっちりで愚痴を読まされた人の忍耐力もきっと鍛えられるだろう。。


 待ちに待った教材一式。それは想像していたよりもコンパクトな小包だった。大人なら片手でつかんで持ち歩けるほどの。
 段ボール箱から荷物をすべて出すとこんな感じだ。














 荷物の大部分は7冊の教材=テキストで、内訳はつぎの通り。




  テキストの内容とページ数

 かな編  64ページ
 漢字編  128ページ
 タテ書き編  64ページ
 ヨコ書き編  64ページ
 実用編  56ページ
 学習ガイド(添削課題手本集)  72ページ
 清書用紙  36枚(※)

 ※12枚×3コース 


 すべてのテキストに共通して、奥付に「2006年3月1日 第十二刷発行」とあった。7冊がまとめて紙製のケースに収まった様子は、角川の類語新辞典をすこしスリムにしたくらい。
 机上の空きスペースにぴたりとはまって気持ちがよい。








 残念だったのは、小包の送り状に書かれた文字。
 楽天的なおれは「こんなに待たされるのは、ペン習字の先生が見本となるように送り状を書いてくれているからかもしれない」と期待していたのだ。だが事実は、ふつうの字だった。丁寧に書かれているし、おれの字よりはよっぽどきれいだけど、お手本の字というわけでもなさそうだ。









 ひそかに楽しみにしていたペン習字用のペンがこれ。受講生専用の製品とうわけではなく、単品での購入もできるらしい。『デスクペン ペンジ』って名前のようだ。カタカナでペンジってのが潔い。『風来のシレン』にお助けキャラで出てきそうだ。単品では税別1000円だって。














 ペン先はEF(極細)で、柔らかめな万円筆しか持ってないおれには、かなり硬く、細い書き応え。「このペンだとごまかしが効かないなあ」と不安を感じたが、ごまかす必要をなくすために講座に申し込んだんだっけ。
 当面の課題は「めんどくさい」と「ごまかし」なんだろうな。


 教材の内容をひとしきり確認したら眠くなった。『わかくさ通信』につてはいずれまた。
 疲れがとれたら「書きぶり」を選ばねば。
 おやすみ、ペンジ。