第31回 パイロットの講座では毎月2種類の課題を提出することになっている。2つのうち添削課題には印刷済みの手本が用意されているが、もうひとつの級位認定課題のほうは文の内容が示されるだけで、字の形や配置については各自が調べる必要がある。

 「その記念館は、豪商が建てた夏の別邸でした。」
 これが今月の級位認定課題である。課題文は毎月頭に送られてくる会誌(紙)『わかくさ通信』の紙上か、パイロットペン習字通信講座のサイトで知ることになる。


 上級のペン習字erになれば、課題の内容=文字の組み合わせ だけを見て、あとは自分で意匠を凝らした作品を作りあげることだって考えらる。しかしおれはよちよち歩きの初心者だから、まねるべき手本を組み立てることから始める。


 手本の字は、三体字典と呼ばれる本から採集する。
 おれが学んでいるB系統では、日本習字普及協会の『ペン習字三体』が推奨されている。三体とは楷書体・行書体・草書体のことで、この本の該当ページをスキャンして一字ずつの手本となる形を集め、画像加工ソフトでひとつにまとめて"お手本"を作るのである。
 集字とは書道の用語で、千年以上の昔から行われていることだが、これもまたパソコンを使った集字である。









 集めた字の大きさを調整して連結し、自分なりの手本を作る。この手本にできるだけ近い形の字を書けるように練習すること。いまのところ、これがおれにとってのペン習字だ。創造性だの個性だのは、まだまだ地平線の向こう側である。


 さて、今月の課題。「その記念館は、豪商が建てた……」と手本を見ながらおっかなびっくり書いてみて「おや?」と思ったことがあった。「建」の字である。一画目が妙に右に下がっているように感じたのだ。
 字をきれいに見せるのに"横線はやや右上がりに書く"というコツがある。
 右下がりに書いてしまうと全体の締りがなくなり、どうにもだらしのない感じが出てしまう。しかしこの「建」の1画目、けっこう下がっているではないか。
 また、1画目、2画目、3画目を延長していくと、右のほうで1点で交わる。ということは、右のほうに要となる点があって、そこから放射状に出ている"何か"なのかもしれない。










 これはどうしたことかと字典を繰ってみる。「建」ではなく「聿」を探す。と言っても電子辞書なので、姿としては様にならない。
 あった、ありましたよ。


聿(イツ) 聿は筆の原字で、ふでを手に持つさまを表す。のち、ふでの意味の場合、竹印を添えて筆と書き、聿は、これ、ここになど、リズムを整える助辞をあらわすのに転用された。


 だそうである。イツ、か。
 なるほどねえ「筆を手に持つ様」だったとは。字の形をまねるように、右手を目の前に掲げて指を動かしてみる。いくつかのパターンを試しているうちに「なるほどこれか」と思える形になった。うん、ペン習字を漢字一文字で表すとすれば、この聿だな。










 この形の指に、上からペンを挿せばたしかにになる。ペンのことをと書くのも納得できる。
 お、こんどはが出てきた。調べてみると書は「『聿(ふで)+(音符)者』で、ひと所に定着させる意を含む」そうだ。「筆で字をかきつけて、紙や木簡に定着させること」という説明だとなおわかりやすい。


 今月の課題の「建」は聿とえんにょうである。これも調べて見ると「聿は筆をまっすぐ手で立てたさま。建は聿+えんにょう(行く・進むの意を表す)で、からだをまっすぐ立てて堂々と歩くこと」だそうだ。なるほどなるほど、建築の基準は垂直と水平だもんな。これに人がつけばとなる。まっすぐ立ってまっすぐ歩けること、それが"すこやか"である。


 聿、筆、書、建、健。いろいろあるなあ。
 ほかには律がある。こちらは「ぎょうにんべん=人の行い+ふで」で、「人間の行いを筆で箇条書きにするさまを示す。リツということばはきちんとそろえて秩序だてる意を含む」そうだ。
 ついでにいえば、この律に草冠のついたは「むぐら」と読み、並び茂って地面を覆う草のことだそうだ。

 筆をもって形と心を律して書く。
 ペン習字は聿である。