第10回 どんなジャンルにも特有の用語がある。新しいジャンルについて学ぶことは、あらたな単語や未知の語法と出会うことでもある。

 おれにとって、ペン習字に興味を持ったことで出会った言葉の代表が「書きぶり」だ。寒ブリや親子どんぶりなら知ってたんだが。


 書きぶり。意味の見当はつくが、目にも耳にもしたことがなかった。しかしスーパー大辞林を引いたら載っていた。なんだ、おれが無知だっただけか。



 書き振り(かきぶり)
(1)文字を書くときのようす。また、書かれた文字のようす。書きっぷり。
(2)文章のようす。

だそうだ。
 脱線するが、ぶり繋がりで調べるなかで、おれのような人間を「世帯破り」と表すことも知った。ためになるなあ、ペン習字。おっと、世帯破りの意味は「不倫カップルのうちの独身者」ではないからな。


 おれは東京方言が好きなので、「書きぶり」よりは音便化した「書きっぷり」のほうが好みだ。しかし「っぷり」にすると威勢がよくなりすぎてしまうので、畳と襖が似あいそうな「書きぶり」にしたんだろう、納得することにした。
 「〜ぶり」で思い浮かぶのは「益荒男ぶり」と「手弱女ぶり」。これらは和歌の言葉だから、ペン習字に通じるものがありそうだ。


 パイロットのペン習字通信講座の大きなウリは、4つの「書きぶり」のなかから自分の好みのものを選んで学習できる点にあるという。
 A、B、C、Dとある4コースのどれを選ぶか。受講生にとって、最初にすべきことがコース選択である。パイロットの用語では系統という。途中で系統を変えることは基本的になしのようなので、いきなりの重い選択なのである。
 系統は最初の課題の提出までに決めればよいらしい。しかしすぐに決めてしまわないと練習ができない。だからはやめに、かつ後悔のない選択をする必要があるようだ。


 4系統の見本のなかから好みの字、すなわち自分にインストールしたいスタイルをを選ぶ。これだけのことだから、迷うことはないだろう。と高を括っていたのだが、いざ選ぼうとするとなかなか難しい。
 日本語には仮名と漢字があるが、仮名が好きな系統と漢字が好みの系統が一致しないのだ。


 パンフレットに載っている見本がこれだ。






 どれか1種類のサンプルだけを見たのなら「きれいな字だ」と感じりだけ済んだと思う。ところが4種のパターンが並ぶと、そのどれにも一長一短があるように感じられて、自分が学ぼうとする型をすぐには決められない。
 「た」はAが好きだが、おなじAでも「角」はどうもね、といった具合だ。Dだけが「とかく」まで書いてあることに秘密はあるのだろうか、なんて考えだすと時間ばかりが過ぎてゆく。


 下の画像は『仮名編』のテキストから抜粋した楷書の「あいうえお」だ。無断でテキストをスキャンして加工したうえにブログに載せるのは反則だと思うが、悪意があってのことじゃないから、パイロットは大目に見てくれるだろう。





 難しいなあ、選ぶの。おれの好みはこうだ。
 「あ」 B
 「い」 C
 「う」 どれもピンとこないがあえて選ぶならB
 「え」 D
 「お」 BかD
 この5文字だけを見ればBに決めてもよさそうなものだが、他の見本(毎月の添削課題のお手本)を見ると、Cも捨てがたく感じる。


 各系統の指導陣の人数はこうなっているようだ。



系統別 指導陣の人数 


A 


6人 


B


9人 


C


8人 


D


3人 



 26人が4系統に分かれて指導するのであれば、単純に1系統あたり6〜7人になってもよさそうだ。しかし実際には系統ごとにずいぶんばらつきがある。それなりに長い歴史のある講座だから、この人数の分配には裏付けと必然性があるのだろう。多ければよい、少ないからよくないといったものではないだろうが、すべては霧のなかだ。


 「これしかない」といった決め手のないまま、おれはC系統を手本としてひらがなの練習を始めた。
 C系統用の字典(パイロット推奨のもの)も注文した。でも、どこか父の字が似ているように感じるB系統にも未練があるから。課題提出の直前に乗り換えるかもしれない。われながら優柔不断だと思うが、この迷いはなかなか楽しい。