第23回 ペン習字を始めた動機のなかで最大のものは"万年筆趣味の免罪符"だ。「手段が動機を追い越しちまったかも」と思いつつ、たまには動機を思い出す。


 いまの主力万年筆はウォーターマンル・マン100 オペラ(以下オペラ)にになりつつある。モンブランのマイシュターシュテュック146で字を書く快感はでかいが、字が太すぎてペン習字の練習にはトゥーマッチな気がする。で、オペラの出番が多くなっている。


 それにしてもマイシターシック。
 このカタカナ表記がどうも気に食わない。小さい「ュ」が3つも出てくるせいか、踵のあたりが痒くなりそうだ。üをカタカナ表記すれば「ュ」がいちばん近いのはわかる。わかるんだが、おれは今後「マイシュターシュテック」と書かせてもらう。そのうち「マイスターステック」にするかもしれない。それすらいちいち書くのが面倒だから、146でいいや。アルファ・ロメオと取り違える人はいないだろう。


 修理後にオペラを受け取るときに、ブルー(フロリダブルー)のカートリッジを入れてもらった。ウォーターマンのカートリッジは長いので、けっこうな量のインクが入っている。どうにかこいつを使い切ったので、この時のために買っておいたウォーターマンのボトルインク・グリーンに入れ替えることした。
コンバーターも用意してある。








 コンバーター。おお、コンバーター
 カートリッジのインクと比べて、コンバーターを使うと万年筆好きとしての位がひとつ上がった気がするのはおれだけだろうか。インクを替えるときの"手仕事感"が、どうにも心地よいのだ。
 "はめる"動作に加えて、日常生活では体験することの少ない"吸う"行為が快感の原因か。電池交換とはまったく異なる気持のよさだ。万年筆と一体になって深呼吸。
 おれは今後コンバーター派として万年筆を使ってゆくつもりだが、その理由は「空のカートリッジを捨てる必要がなくてエコだから」ではない、決して。コンバーターのほうがかっこよくて気持いいから。ただそれだけだ。


 ウォーターマンコンバーターはヨーロッパ規格と呼ばれるものらしい。だからヨーロッパのメーカーのものであれば、融通の利くものも少なくないそうだ。しかしおれにとって最初のコンバーターなので、純正品を買った。
 歩いて1分の文房具店は、かつて「東京で2番目に大きな文具店」なんて宣伝をしていたくせに、コンバーターを置いていない。置いていないどころか、取り寄せすらしてくれないという。去年、パイロットのボールペン芯を買いに行ったときも在庫を切らしていて、取り寄せを頼むと「ひと箱単位でないと取り寄せはしません」ときたもんだ。冷たい店なのである。


 そのときに行ったのが、隣町の文房具店。床面積に対して陳列している商品数が多すぎるので雑然とした印象を受けるが、店の人はとても親切だ。
 ボールペンの芯を求めに行ったときは、在庫があってすぐに買うことができたのだが、店主が「ちょっと待ってください」と替え芯の製品番号をメモした紙を渡してくれた。「これがあれば、いちいちペンごと持ってこなくてもいいですよ」。


 ウォーターマンコンバーターも、その店に買いに行った。
 在庫はなかったが、店主の奥さんと思われる女性がその場でメーカーに電話を入れ、最短の時間で取り寄せてくれた。わずか600円の商品だが「商売はこうありたいな」と思った。
 こんな店に対してのささやかな礼儀として、事前に金額がわかっているときは釣り銭がないように代金を用意する。500円×1、100円×1、消費税の10円が3枚。ほんとはなにか別のものも買えればいいんだけど。
 若かったころはなにを買うときでも紙幣を出していた気がする。硬貨できっちり支払うのがなぜか気恥かしかった。そんなことはないのにな、といまは思う。もちろん、カウンターで小銭を数え始めちゃだめだけど。








 インクを交換するときには、万年筆を洗う必要がある。ペン先やペン芯、同軸などにまえのインクが残留しているからだ。
 凝り性かつ手先が器用な人は、ペン先を取り外して分解洗浄をすることもあるらしい。しかしおれは人後に落ちぬ不器用だから、ペン先にじかに触れることすらおっかない。そこで導入したのが"万年筆洗浄マシン"である。


 メインとなるのは、すでに所有している超音波メガネ洗浄器だ。
 このなかに万年筆を入れてスイッチをONにすれば話は済みそうなものだが、インクで洗浄器の内側が汚れそうな気がしたので、ワンクッション入れることにした。ペン先に振動がじかに伝わるのもよくなさそうな気もしたし。


 例によって、道具は100円ショップで揃えた。
 買ったアイテムは2点。メガネ洗浄器の内皿にぎりぎり納まる広口のガラス瓶、そして瓶の口に万年筆を固定するためのスポンジだ。
 スポンジは大きめのものを買って、万年筆を通すための穴を自分で開けるつもりでいた。ところが最初から切れ目の入った、まさに"お誂え"と呼べそうなものがあった。100円ショップ、あなどり難し。








 万年筆を洗う手順はこんな感じだ。

  1. 水流が強くなりすぎないように注意して、蛇口からのぬるま湯をペン軸に通す。
  2. ガラス瓶にお湯を入れ、ペン先を漬けておく。
     これは残留しているインクのカスを溶かすため。本来ならひと晩ほど漬け置くのがよさそうだが、せっかちなので10分ほどで引き上げてしまった。
  3. ここで万年筆洗浄マシンのお出まし。
     輪ゴムを2本使ってスポンジに万年筆を固定し、スイッチオン。広口瓶の外側にも内側にも水(内側はぬるま湯)で満たしておく。外側の水はいらないのかもしれないが、なんとなく水分があったほうが振動が伝わりそうな気がしたので。
  4. 振動が止まったら、念のためにもういちどスイッチオン。
  5. ガラス瓶から引き上げ、ティッシュペーパーで水気を吸ってからドライヤーで乾かしてクリーニング終了。最後のドライヤーは、風は熱くなり過ぎないように。












 こうしてピカピカになって誇らしげなオペラにコンバーターを装着し、グリーンのインクを吸い上げる。万年筆好きのあいだでは「吸わせる」と使役動詞を使うことが多いようだが、ここは自動詞でいきたい。
 クリーニングの甲斐あって、最初の一画からかすれることなく文字を書くことができた。













 ウは宇宙のウ、みは緑の「み」。