第25回 ザラメから生まれる雲の菓子のごとく万年筆への興味が膨らんできたのが2ヵ月まえのこと。日に日に万年筆熱は上昇し、検索ウィンドウに「万年筆」と打ち込んではあちこちのサイトを見てまわった。
インターネットで得られる情報は、あくまで"情報"であり"知識"にすぎない。
目や指で実際に使うことで得られる"体験"や"経験"とは別種のものである。
それでも、日を追って確実に増え続ける万年筆の知識は、おれを幸せな気持にしてくれた。
「モンブランもウォーターマンも、公式サイトが古めかしいつくりで、見づらくってしかたがねえ」なんていっちょまえなことをつぶやきながら、あっちこっちとを見てまわる。ブックマークはどんどん膨らんでいく。そんななかで、ひときわ光って見えたショップがあった。
ここだ。
川窪万年筆店。
昭和元年の創業で、文京区千石に店舗を構える。写真を見ると、強く「昭和」を感じさせてくれる店がまえ。3代目である現主人の川窪克実さんは、いったんコンピュータ会社に就職してから、ご父君である2代目の逝去後に店を継ぐ決意をされたとか。そそられるストーリーじゃありませんか。
ブログにあr「19世紀以降のあらゆるメーカー製万年筆の修理を承ります」の文言から、並々ならぬ自信を感じる。
3代目と年齢が近いことにも親近感を覚える。
いちど"川窪万年筆"の名をインプットしてしまうと、おれが持っているあの本にもこの本にも、川窪さんが登場していることに気づく。むう、おれが知らなかっただけで、その世界では超有名店であったか。
修理・調整だけでなく、オリジナルの万年筆(当然手作り)を少量ずつ開発しては販売している姿勢にも強く魅かれる。
また、ミーハーな興味の持ち方ではあるが、ペン先への精密な彫刻技術にも心をわし掴みになされた。こんなことができるのかあ!
「いつか川窪さんで万年筆を作ってほしい。そしてペン先にはナゾベームのロゴを彫刻してほしい」。
経済状態から考えれば、いまのおれにとってはずいぶんだいそれた野望を抱いた。しかし「望めよさらば与えられん」とはよく言ったもので、川窪さんの万年筆を手にする機会が、予想外にはやく訪れたのだった。
そのチャンスはtwitterを通してやってきた。
フォローさせていただいている川窪万年筆店の、5月末日のツイート。これだ。
なに、フォルカンですと!
フォルカンとは万年筆のペン先の形状の一種で、毛筆のような線が出せるものだという。「毛筆はちょっと言い過ぎなんじゃねえの?」と眉に唾をつけながらも、いつしか手にしてみたいと思っていたペン先である。
形状も独特で、"しなり"を出すために横っ腹がえぐれていてイカの頭みたいだ。この形はおれにはとてもかっこいいと映る。
しかしフォルカンのペン先を製造しているのはパイロットだけで、安くても2万円以上するのである。
リンク先に進んでみる。以下、川窪万年筆のサイトよりの転載。
―――――――――――――――――
昭和万年筆-其の壱のフォルカン仕様です。
優れた弾力性を備えたヴィンテージ・デッドストックペン先は、現代の如何なる仕様とも異なる大きな線幅の変化を楽しめます。
そしてインク止め式万年筆の特徴である余裕のインク貯蔵量で、長時間存分に筆記する事が可能です。
尚、当出荷分を持ちまして「昭和万年筆-其の壱」は製造終了させて頂きます。
長期間ご愛顧頂きまして有り難うございました。
―――――――――――――――――
「現代の如何なる仕様とも異なる大きな線幅の変化」
殺し文句である。 如何なる、イカなる……。
いわゆる"萌え系"を毛嫌いしているおれが『侵略!イカ娘』だけは好きなのも、なにかの伏線にちがいないのである。
さらに販売ページへと進む。
なんと限定4本。そして10500円。
いま買わねば後悔し続けるにちがいない。おれにとって1諭吉は大きな支出だが、外食の頻度を下げれば捻出できそうでもある。
そもそもこのタイミングで川窪さんのツイートを読めたこと。だれかが「買ってよし」と言っているにちがいない。
はいはい買います買います、おれが買いますこのおれが お願いします売って下さい! とばかりに「購入」ボタンをクリックしたのであった。
後編(あるいは中編)へ続く。